甘楽の山里でサクラを愛でる

 サイクリング轍  2010年〜2012年  2005年〜2009年   国内遠出・三陸海岸  ドナウ源流〜ウィーン  チェジュ島周遊  ペガサス・ラン  
 日本の海や島   日本庭園  彩花盆栽    topics イチオシの写真 ひとりごと 絆・癒しの旅行  メールコメント     TOP


甘楽の山里でサクラを愛でる

2006-04-09

 
 春の気まぐれな天気も、ペガサスランにはかなわぬとみえて、ピーカンを用意してくれた。
おりしも群馬の山里甘楽は「さくら祭り」という願ってもないウキウキ気分だ。
デポ地点はすこし変わって織田七代の墓所だが、ここも美しいサクラで、みなさん「いい顔」だした。
かんな事で驚いてはいけない。ほんの少し汗をかいて駆けあがった大塩湖のロケーション
はお見事。湖をとりまくサクラやヤマツツジと、芽ぶきのページェントだった。
 15%を越えるらしい激坂を「フリーラン」したら、標高525m]の藤田峠だ。
眼下には大塩湖のブルーをピンクのサクラが縁取っている。
榛名山が見え、さらに奥は上越国境の山々だ。まつり会場近くで仕入れた山菜弁当に、味噌汁つく豪華版で
みんなニコニコ。望月さんの名水コーヒー、紅茶のサービス付きだよ。浅間全山雪化粧しており噴煙も見える。
激坂を登ったところの秋畑地域の大椿も見事だったし、桃も実を寄せて咲いた。すっかり忘れていた山里だった。
 そしてとどめの宝積寺と枝垂れサクラ。檀家総代が本堂のふれあい観音の由来を話してくれた。
散華を頂いたが商売繁盛から家内安全まで願い事が連ねてある。安原さんが「こんなに何でも叶うわけがない、
交通安全を祈ろう」さすパガサスネンバーだね。
 製紙工場の繭倉庫を改装した閉店前の甘楽歴史民俗資料館だは、絹糸つむぎの民具のほか、豪族木幡氏
にまつわる武具の展示なども見ることがだきた。距離(28km)はのびなかったがゆったりとした気分で楽しんだ
山里だった。(舘氏のコメントでした。)
    メンバーは
 舘、萩原、望月、遠藤、木村、福地、小畑、斎藤、安原、杉山、前嶋、大沢、安保、小泉、森田の15名

 
甘楽町は、織田信長の次男信雄より8代(約150年)にわたり織田家の城下町として栄え、
江戸時代の面影を色濃く残している町です。 物産センターの周辺に城下町の家並みや武家屋敷、
大名庭園跡など 現存する建造物や今に伝える人々の暮らしを訪ねることができます。



 ▲
デポ地点はすこし変わって織田七代の墓所だ

●織田信長の系譜「織田宗家七代の墓
小幡は元和元年(1815年)に織田氏の所領となり、以来150年にわたって治められました。
初代信雄から七代信富までの墓が今は崇福寺の旧境内に建っています。

 ▲
大塩湖


 昭和43年に灌漑用として造成された湖周約3.1kmのダム湖です。
湖水面積は約15ヘクタール、水深は最深部で約25mと言います。
 周囲は親水公園化され、結婚の森・“いしぶみの丘”・展望台・“芝生広場”・
“湿生植物エリア”・“ボート乗り場”などの整備が図られ、市民の憩いの場になっています。
 また、釣りや野鳥観察の場所としても知られ、特に1000本余とされる桜の花期は圧巻で、
隠れた名所にもなっています。


 標高525m]の藤田峠

峰峠と同じく甘楽町秋畑から富岡市南後箇に抜けるもう一つの峠

 ▲
秋畑の大椿

 このツバキは、秋畑の赤谷平の路傍にある。樹高は8.3b、目通り周3.9b、根元周2.3bである。
枝張りは東西9.6b、南北11.9bとなっている。
推定樹齢は1000年であり、古くから近在に知られている巨木である。
花は一重の深紅であり、開花期の3月中・下旬には、群れ咲く花々で樹があふれてしまうほどである。
この樹のかたわらには、八大龍王を祀る小祠があり、その神木である。

 ▲
宝積寺と枝垂れサクラ

●多くの言い伝えが残る「宝積寺」
豪族小幡氏菩提寺のこの寺には、山門がありません。
その理由を伝える悲しい話「菊女物語」、本堂南のお菊観音、
天狗の腹切り岩など不思議な言い伝えがいっぱいです。

春には樹齢140年のしだれ桜が、梅雨の時期にはしっとりと紫陽花が咲きます。
お盆には万燈会といって、竹の中にロウソクを入れた灯籠1500本、
行灯200灯、ガラス灯籠500灯で境内を飾る催しを行います。
そして、秋には黄金色に輝く大いちょう。晩冬には蝋梅(ろうばい)が咲き誇ります。
四季折々にお楽しみ頂ける宝積寺に
どうぞ

 
 ▲
織田家の守護神木幡八幡神社

製紙工場の繭倉庫を改装した閉店前の甘楽歴史民俗資料館
甘楽歴史民族資料館は、 甘楽町小幡地区にありますよ!
ここの一階には 養蚕に関連する資料が展示して あります。

 ▲
雄川堰付近かな・・・・???
 織田氏治世時に開削されたもので、生活用水・農業用水などの多目的に利用されてきた用水路で、
日本の名水100選にも選ばれています。
 この他、小幡町内には楽山園、武家屋敷跡、大名庭園跡などが多数現存しています。


 ▲
【織田氏七代の墓崇福寺(そうふくじ))
 崇福寺は元和元年(1615)、徳川家康によって大和松山(奈良県宇陀市)と
小幡を合わせて5万石に封じられた織田信雄(織田信長の二男)が菩提寺とした寺です。

崇福寺
の見事な黒松を背に記念写真パチリ


 



工事中

mailご来場の皆さん方メッセ-ジを頂けると有りがたいです。

 TOP